
一緒に居ると、なんか似てくる。
言葉のイントネーション しぐさ 聴く音楽 好みの服 会いたいとおもうタイミング
でも、マイナス思考な私のクセは似て欲しくない。
だから、サヨナラ。
今までのわたしなら、そうしてた
だけど、サヨナラはしない。 頑張る。 自分に負けない自分になる。
それが、うちらが出会った証なんだ、と思うから。
コメント
もう一度。中途半端は一番残酷。
URL | #-[ 編集] | 2008/05/31 01:07
うつ病の場合は、病気が治っても完治という言葉は使わない。見かけ上の症状が出なくなった時、寛解(かんかい)を告げられる。職場では、回りの人が「『私が冷たく接するのは、ビジネスライクだから』と、復帰してきた本人に「ビジネスライク宣言」を先にしておく。そうすれば「冷たくされた。自分は必要とされていない」と、本人が追い詰められるのを防げるはず。
URL | #-[ 編集] | 2008/05/31 01:06
うつ病患者は自分の心を自分の意志で制御できなくなる。まして他人の心情を思いやって行動するのは至難の業。誰の心も推し量って行動できないから、回りからは、本来の性格とは関係なく「自分勝手な嫌な人間」に映る。そんな人間が職場に帰ってくる。焦るあまり時期尚早に職場復帰する人は、基本的には真面目な性格。
URL | #-[ 編集] | 2008/05/31 01:03
自分の話を心から聞いてくれる人間の存在は、決して小さくない。まして病気で自信喪失している患者のことだ。もしかしたら唯一の心の支えになるほど、患者の中では大きくなっているかもしれない。そんな時に「やっぱりや〜めた」と、心の鎖を一方的に断ち切られたら、患者の心は砕け散ってしまう。中途半端になるくらいなら、冷たいと思われても最初から関わらないこと。もし関わるなら、最後まで付き合う覚悟で接するべき。たとえそんなつもりがなくても、患者の目に中途半端に映る態度は、「見捨てられた。裏切られた」となり、自殺に至る場合がある。だから中途半端になるなら、最初から関わらない。さもなければ最後まで付き合え。
URL | #-[ 編集] | 2008/05/31 00:52
仮に今、あなたが悩みを抱えているとする。誰かが親身になって相談に乗ってくれたらうれしいだろう。親身になってくれるということは、その人があなたの内面に共感しているわけだから、少なくともあなたという人間の、ある部分は肯定していることになる。自分の存在を認められることほど嬉しく、心強いことはない。逆にあなたは、内面に共感できない人の悩みを親身になってまで聞くことができるだろうか。
URL | #-[ 編集] | 2008/05/31 00:51


